No.192
『ルックスだけで引っぱって』
成人式でしたか。私が今年それらしき着物の女性を目撃したのはたったのひとり。東京都目黒区のある踏切での電車通過待ち、鮮やかな赤が基調の晴れ着を着たお嬢さんがお母さまらしきと妹さんらしきとの3人で遮断機前でおしゃべりしてました。とても美人なお嬢さんでしたが、バッチリ化粧してたこともあってか、とてもハタチとは思えない妖艶さを醸し出していました。とはいえ私の場合は、ブレザーの制服の妹さんのフレッシュな佇まいに当然のように心を奪われます。「ずっと成人しないでね」と願いながらアクセルを踏みました。今年は元旦に札幌から羽田に戻ってきましたが、思えば着物の女性をひとりも見ませんでしたよ。毎年お正月の空港は地上勤務のお嬢さん方が着物着てたような気がしますけど、なしになっちゃったんでしょうか。じゃぁ、いつ着物着てくれるんでしょうか。日本にいながら着物を見る機会がないなんて、なんと悲しいことでしょう。私が外国人だったら失望して即帰国です。ベトナムは高校生も郵便局員もホテルの従業員もみな毎日アオザイ着てますよ。
さぁそんなことはさておき今週の本題。はい、書き終えましたよ、『愛は勝つ』のフルオーケストラアレンジ。1月3日から12日まで、ボンソワ収録で札幌に行った日を除く9日間。1日平均6時間として単純計算でロック54時間。特設イントロを含めて全編5分間なので、1分あたり10時間強を費やしたことになります。今週はそれがいかにたいへんで楽しく芸術的な作業であったかを書きたいと思います。
まず、どういう経緯で私が『愛は勝つ』のオーケトラアレンジに挑戦するに至ったか。NHK-BS2の『あなたの街で夢コンサート』という番組から出演のお話をいただいたのは11月の中旬だったでしょうか。この番組、以前は『あなたが主役 音楽のある街で』というタイトルで、アマチュア演奏家や音楽的な学生さんなどを一般公募して、フルオーケストラとの共演を毎月全国各地の会館で公開録画するという内容だったそうですが、去年からアマチュア演奏家の皆さんに加えて、ポップス系とクラシック系のブロの演奏家もゲストも出演することになったそうです。で今回は、ジャズバイオリニストの寺井尚子さん、そして私が出演依頼をいただきました。東京フィルハーモニー交響楽団との共演、・・・ってことは、かねてから一度やってみたかったオーケストラアレンジに挑戦するには希少なチャンスではないか、と思い“ぜひ自分で編曲をやらせていただきたい”という条件を提示したところ、快諾していただき、出演が決定したというわけです。
演奏曲は番組側からの要望で『愛は勝つ』ともう1曲ってことでした。オーケストラでやりたい曲といえば、・・・そうだ『キリギリス』だ、と思い、いろいろ考えてバンドのリズム体ありでと思ってはいたんですが、過去の番組映像をいくつか見るうちに、「いや、かえって中途半端になるかんもしれん。やはりオーケストラのみでやるべきだ」と思い直し、そう決意しました。で、最初は2曲とも私がアレンジする生ゴミではなく意気込みでいたんですが、12月中旬に番組プロデューサーの方と打ち合せをするなかで、よぉく考えれば私の年内のスケジュールはパンパンで、年が明けてからでないと実際の作業にとりかかれないことにも気づき、先方からやはり2曲はかなり無理があるんじゃないでしょうかという話になり、ううん、そうですよね、無理でしょう、無理ですよ、とあっさり認めて、私は『愛は勝つ』1曲のみをアレンジし、もう1曲は『キリギリス』はやめて、曲の解釈がイメージしやすい『世界でいちばん好きな人』を編曲家の丸山和範さんにお願いすることにしました。いやぁ、今思えばあの時点で1曲にしといてよかったです。大見得きって2曲やると言い張ってたりしたら、もうどうしようもなくなって今頃とっくに失踪して、どこかの古びた温泉に身を隠していたことでしょう。
さて、オーケストラアレンジです。これまでの私が経験してきたアレンジは、ドラム/ベース/ギター/ピアノ/その他のキーボード/パーカッション類が基本にあり、曲によってストリングスやブラス、そしてコーラスという編成でした。この場合のストリングスは基本的に第1バイオリン(6人)/第2バイオリン(4)/ビオラ(2)/チェロ(2)、業界的に言う「6-4-2-2」という編成の場合が多く、私は曲によって「4-3-3-2」でやったりもしてましたが、基本的にはベーシックトラックの上に乗っかる4パートのアレンジです。ブラスはサンプリング音源でやることのほうが多く、アーティストの意向により久しぶりに生のブラスセクションを録音したのは、平井堅くんの『Twenty! Twenty! Twenty!』でのトランペット/アルトサックス/テナーサックスの3人の多重録音でした。
しかし今回挑むオーケストラアレンジはケタが違います。番組側から提示された基本編成は、弦楽器が第1バイオリン(12人)/第2バイオリン(10)/ビオラ(8)/チェロ(8)/コントラバス(6)、木管楽器がフルート(3)/オーボエ(2)/クラリネット(2)/ファゴット(2)、金管がホルン(4)/トランペット(3)/トロンボーン(3)/チューバ(1)、この他に打楽器系がティンパニー(1)/パーカッション(3)/ハープ(1)という大編成。もうこれ見ただけで「涙が出ちゃう、だってオーケストラなんだもん、グスン」みたいな感じですよ。
さぁぁ、どうする。どうするたってやるっつった以上やるしかないんですが。12月中旬くらいから実作業はできないものの頭の中での全体構想は考え始めました。そこでだんだん気づいてきたんですが、例えばこれを絵画だとすると、これまではA3の画用紙に描いていたのが、今回は縦3m横9mの壁画を描くことになっちゃった、そんなイメージです。そんなイメージなもんですからこれまでのアレンジのやり方では行き詰まることが容易に想像できました。「そうだ、絵だ、絵を描くのだ。」 私はあまり知られていませんが、3年に1枚くらい色鉛筆画を描きます。それはそれで自分で言うのもなんですがかなり素晴らしいものです。その方法で取り組むべきだと考えたのです。
まず大まかな線を描き、全体の構図を決定し、後に細かく色を重ねていくことにしました。具体的にどういうことかというと、まず曲の全小節の五線紙を用意します。1ページ20段の五線紙で21ページになりました。その五線紙に向かって、ここにストリングスでこういうラインは必須でしょう、とか、ここでフルートとピッコロがヒャラリラヒャラリラリーってなっちゃったりしてぇ、とか、間奏は抜けるようなトランペットとでパーンパカパアパンパーンパーンといっといて、その流れで全体でぐわぁぁっと行ってバババーンでしょう、でもってやっぱ最後はジャン!ジャン!ジャァァァ〜〜〜ン!でしょう、とか、そのように要になる部分から音符を書き入れていき、そうやって全体の輪郭を作っておいて、その後、それぞれのパートを繊細に色付けしてバランスを取りながら全体をつなげていきます。もちろん音楽ですし、真ん中に歌がありますから、多くの楽器が同時になるなかでもコード的に音が濁ることは避けなければなりませんし、なによりドラマチックな展開を作らなければなりません。なんだ、もしかしてオレは音楽家だったのか、なんて気分に苛まれますよ。そして今回もっとも音楽的なのは、この作業をすべて頭の中だけで、脳内のイメージだけでやりすすめることです。
2001年秋に高級コンピューターを購入して以降は、私も【Digital Performaer】というシーケンスソフトなんてものを使ってアレンジしたり、デモ音源を作るようになりました。昔ながらの手書き・手弾きの編曲・録音方法を守り続けていた私にとってはこれがたいへんな優れもので、キーボードで弾いた演奏をデータとして記録して、それぞれに音色を割り当てて鳴らして聴いてみたりして、パートやフレーズ毎の確認をしながらアレンジを進めることができますし、またそのデータを画面上で修正・編集したりできるのです。しかも、本チャンのレコーディングにはその演奏データをそのまま持ち込めるんですから、なんだかテレてしまいます。生のストリングスは生ですから譜面を書いて弾いてもらうんですが、それでもバンド編成に乗っかる4パートなので、譜面を書く上で全体のハーモニーを確認するには充分に活用すべきソフトです。
しかし、今回のオーケストラアレンジはそういうわけには行きません。いくらコンピューターで演奏データを作成したところで、そのデータが本番で演奏してくれるわけではありませんし、ハーモニーの確認用にしようっつても、なんせパート数が20を超えますから、そのデータを必死で打ち込んだところで、簡易シンセ音源では音が混ざりまくってかえってなにがなんだかわからなくなることは目に見えています。それにいちいちデータなんて作ってたら、音符を変更する度に譜面を書き換えてデータを修正してと、倍の作業時間を費やすことになるのです。そこで「へっ、バカバカしい、頭の中だけでやるんだよ」と腹をくくるのです。“腹をくくる”なんて言葉初めて書いたような気がしますし、こんな場面で使うとは思ってもいませんでした。
しかし、まためんどくさいことがありまして。いわゆるキーが違う楽器があるんですよ。コントラバスは譜面の音より1オクターブ下が鳴り、ピッコロは1オクターブ上くらいはまだいいんですが、例えばクラリネットやトランペットは“B管”といって、譜面に「ド」と書くと実際には全1音下の「シ♭」が鳴るとか、ホルンは“F管”でト音記号の場合は譜面の5度上が鳴り、ヘ音記号なら譜面の4度下が鳴るとか、脳の中だけでやってるところに、格好のコンガラガリ要因なわけです。しかし、それぞれの楽器にはそうする理由があってそういうことになってるんでしょうから、初挑戦の私が文句を言う筋合いではありませんし、誰に文句を言えばいいのかもわからないので仕方ありません。デジタル演奏データをちゃっちゃっとトランスポーズなんてことは通用しないのです。「バカって言うほうバカなんだよ!」みたいなことです。意味はありません。
ま、とにかくそんな感じでこんがらがったりちんぽこたったりしながら遂に1月12日、第1バイオリン/第2バイオリン/ビオラ/チェロ/コントラバス/ピッコロ/フルート/オーボエ/クラリネット/ファゴット/ホルン/トランペット/テナー・トロンボーン/バス・トロンボーン/チューバ/ティンパニー/スネアドラム/シンバル/チューブラ・ベル/グロッケンシュピールの全21段の譜面を書き上げました。いやぁぁぁ、まいったなぁ。せっかくルックスだけで引っぱってきた21年半だったというのに、ここにきて実は音楽家だったんじゃないかってことがバレてしまうじゃないですか、いやぁぁぁ、まいったなぁ。
早速書き上げた譜面を編曲家の丸山和範さんにFAXしたところ「なかなかの力作アレンジ」と基本おほめの言葉をいただきました。「オーケストラ的常識にのっとって、前半1カ所だけ手直しするところがありますが、あとはすべてこのままでだいじょぶでしょう」ということで、とりあえず一段落です。
あとは、31日のリハーサルで、東京フィルハーモニー交響楽団の皆さんに全楽器を生で鳴らしてもらうことで、初めて頭の中にイメージしていた音を聴けるのです。どういうことになるんでしょうか。「おぉぉ、芸術は爆発だぁ!」とシャツを破り脱ぐか、「はぁぁぁ、そういう風になっちゃうのねぇ」とチャックを下ろしてうなだれるか、その日にならないとわかりませんから、もうあがきようがないってことです。
しかし1曲だけにしといてホントよかったですし、年明けからゴルフと札幌があっただけで、その他のスケジュールを一切拒絶してよかったです。なんせ頭の中だけの作業ですから、時間あたりの脳の稼働率はこれまでのアレンジと比べると4〜5倍なんじゃないかというイメージですから、1日6時間もやってればもう脳がクタクタになってダメなんですね。なのでこの期間、睡眠も毎日8時間ちゃんととりましたし、シャンパーニュもできるだけ上等なやつを飲むようにしました。
というわけで、2月3日公録当日の私の演奏は、持ち歌2曲と寺井尚子さんとのセッション1曲だけですが、たいへん貴重な演奏になると思いますので、観れそうな方は是非観てください。
そしてその後は、最も全力を注ぐべきBAND LIVE TOUR 2009【じゃぁ、スイスの首都は?】に向かいます。チケットの一般発売も始まりました。それはそれで必ず観ていただき“やっぱKANってルックスだけで引っぱってきたんだよね”ということを実感するのは他の誰でもない、そう、あなたなのです。
2009/01/16
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