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Friday Column

No.085

『パイロットとスチュワーデス』

ニヤゾフ大統領が急死し、今後のトルクメニスタンの政治動向をひとりで真剣に気にしながらクリスマスを越しましたが、みなさんはいかがお過ごし20。さて、今年最後の金曜コラムは予告していましたとおり、11月に東京・大阪で2公演のみ行われた『LuckyRaccoonNight vol.1』のために結成された、桜井和寿くんと私のユニット「パイロットとスチュワーデス」について書きたいと思います。ライブイベントの内容に関しては25日に発売になった『LuckyRaccoon vol.20』をじっくりお読みいただくとして、ここでは「パイロットとスチュワーデス」について、私の視点でいろいろ書いていきます。イベント開催前は有料サイト『北青山イメージ再開発』内でのみ、この文章および写真を掲載しようと考えていましたが、やはり多くのMr.Childrenファンの皆さま、イベントを観ていただいた、または観て頂けなかった多くの皆さまに、より広く読んでもらえたほうがイイに決まってる、そりゃそうだ、それこそがインターネットという新文化の最も楽しい活用法のひとつなのだ。ということで『LuckyRaccoon vol.20』の発売を待っての今週、この金曜コラムに掲載という流れです。そんなこたぁどうでもいいからサッサと始めろってことっぽいので始めます。ちょっと長いですよ。では、まず演奏楽曲からどうぞ。


パイロットとスチュワーデス

1.いつ帰ってくるの (機長 Vo − チーフパーサー Piano)

パイロットとスチュワーデスの衣装で登場し、ステージ中央で一礼した後何も言わずにいきなりのシャンソンです。これは機長の強い意志による選曲。リハーサル初日に「この曲歌いたいんですけど・・」とピーコさんのアルバム『恋は一日のように』を出された時には、さすがの私もややのけぞりました。その場で10曲目に収録されている『いつ帰ってくるの』を聴き、「本気でやりたいの?」と問うと「はい、本気でやりたいです。それも1曲目に」。その淀みのない眼光を確認して「わかった、やろう」と決定しました。歌のテンポ・間・呼吸にピッタリ合うピアノを弾くべく、とにかく何度も何度も練習しました。

登場直後の数分間はお客さんも何をどう解釈してどういうタイミングでどういうリアクションをすればいいのか困惑するオープニングナンバーだったと思いますが、それも承知の上での選曲でした。かれこれ2年以上聴き込んでいるアルバムというだけあって、パリの哀愁漂う濃淡の利いた素晴らしい歌唱でした。当初は毛皮のコートを着て、毛のショールを首に巻いての歌唱、というアイディアもありましたが、パイロットのコスチュームで歌うことが決定した後は「設定が複雑過ぎないほうがいい」という判断から、毛皮案は却下されました。ちなみにリハーサル初日、ピーコさんのアルバムの他に美輪明宏さんのボックスセットも用意されてましたが、それには見て見ぬ振りをしました。

2.僕らの音 (チーフパーサー Vo / piano − 機長 Cho / A.Guitar)

機長とふたりで演ると決まった時、最初になんとなく頭に浮かんだのがこの曲。メロディ・コード進行ともに私にとってもなぜか自然な楽曲です。オリジナル音源も基本がギターとピアノで成り立っているので、二人での演奏の完成形もイメージしやすく、ただ歌に対するのプレッシャーは大きかったです。つい声を張りがちな高音部に行けば行くほど逆にはかなく、音程がとりにくい低音部ほどしっかりと、たいへんに難しい作品。できるかぎり情景が浮かぶように丁寧に歌いました。オリジナルはMr.Childrenのアルバム『I♡U』(2005)に収録。

3.まゆみ (機長 Vo / A.Guitar − チーフパーサー Cho / piano)

桜井くんとと初めて会った93年の私のアルバム『TOKYOMAN』の収録曲。機長のイメージでイントロを作りたし、1コーラス目はギターのアルペジオと高音部でハラハラ鳴らすピアノで弾き語り、2コーラス目から徐々にリズムを出しながら大サビをハモってグッと盛り上げ、最後はまたアルペジオで弾き語る、というドラマチックな展開。機長独自の節回しが印象的でした。

実は去年の夏、『弾き語りばったり #2』を観に来てくれた桜井くんからの「素晴らしかったです」というライブ感想メールに対して、「観に来てくれてありがとう。しかし、敢えて音楽家の立場からのキビシイ意見を投げつけてみてください」と返信したところ「あえてキビシイ意見をというリクエストにお応えして」と前置きがあって「例えば“まゆみ”は、前半のコードを白玉(リズムを刻まずに打ち放す奏法)にしてゆったり歌うと、もっと歌詞の世界がひろがるんじゃないかと思います」といった内容のメールがあり、うぅぅ〜ん、なるほど〜・・、と思ったものの次の『ばったり #3』では以前と変わらぬ演奏をした私でしたが、今回の機長による『まゆみ』を聴いて、「ははぁ〜、そういうことなのね」と納得させられました。今後の私の『まゆみ』に少なからず影響するかもしれませんし、しないかもしれません。

4.and I love you (チーフパーサー Vo / piano − 機長 Cho / A.Guitar / Blues Harp)

このイベントへの出演が決まった9月はじめからMr.Childrenのアルバムを片っ端から聴き直し、二人で何をやるとどうなるかといろいろ考え、『君がいた夏』『星になれたら』『雨のち晴れ』『ありふれた Love Story』『Mirror』など複数の候補曲を自分の中で挙げていましたが、当時はその中にこの『and I 〜』はなく、11月のリハーサル直前になって“ん、これ、いけるんじゃないの?”とふと思い立って決定しました。オリジナル音源はドラム・ベースで壁を作り、ぶりぶりディレイをかけたギターが中高音域を霧のように覆う、お久しブリティッシュロックテイストのアレンジですが、これをダニエル・パウターのように少し入り込んだ感じで弾き語るとカッコイイかも、とそんなイメージで取り組みました。

後半の「どうしようもなく急に〜〜」からのフェイクっぽい部分がこの曲のヤマになると仮定した時に、そのヤマをもう少し高く大きめにしたいと思い、いやぁ〜しかし曲の中身自体をいじるのはどうかと思いながらも、「あの部分を少し作り足して長くしたい」と提案してみたところ快諾してくれたので、リハーサルで具体的なイメージを提示して二人でメロディを作りたし、その部分の歌詞を機長が書き足し、さらに「未来がまたひとつ〜〜」の部分を倍にして、結果的に16小節のところを24小節にして、そのすべてのフレーズをハモリ切って最後の「I love you〜〜」につなぐ、という構成にしました。リハーサル中盤、機長からのブルースハープ(ハーモニカの1種)を吹いてみるという提案により、曲像全体にアグレッシヴな立体感が増しました。オリジナルはMr.Childrenのアルバム『I♡U』(2005)に収録。

5.世界でいちばん好きな人 (機長 Vo / A.Guitar − チーフパーサー Cho / piano)

私の最新アルバム『遥かなるまわり道の向こうで』の収録曲。
これには驚きました。リハーサルで最初に聴いた時から、もうすでにそれは機長のオリジナルのように、完全に機長の歌になっていました。思わず「それ、すごいイイ曲じゃん」と言ってしまいました。機長によるこの曲の解釈・歌唱法は、発売直後にも関わらず作者である私に強いインパクトを与え、その後の上海ライブ、大阪でのイベント「AAA」や「ピアノソングス」では機長に大きく影響されて歌唱しました。これは、Billy Joelさんがそれまで10数年、間奏で“バカヤロ!”と叫ぶ以外の曲中はずっと同じ歌い方をしていた『My Life』を、90年代の半ばのElton Johnさんとのジョイント『Face to Face』以降、Elton Johnさんが歌った『My Life』の歌唱法・フェイクのフレーズなどをまねて歌うようになった、というのと構造的には同じです。(すごくわかりにくいと思いますけど)

9月半ばの“焼き鳥ミーティング”で、桜井くんから「この“世界でいちばん”絶対やりたいです、この曲をメインに構成したいです」という意見があり、「あぁ、もう丸ごと桜井くんが歌ってもらっていいですよ」「ホントいいんですか?」という焼き鳥ではなくやりとりがあり、これをキッカケに、曲中の歌い分けはせずに相手の曲を丸ごと歌う、しかもアレンジは作者ではなく歌う方が主導権を持つ、という全体の基本方針を取り決めました。なのでこの曲に限らず、コード進行などオリジナルとは若干違う部分があります。また、特筆すべきはどの曲も譜面・コード譜は一切使うことなく、相手の楽曲が完全に頭に入っている前提でのリハーサルだったということ。細かい調整はすべて口頭で、難しい部分はただただ何回もやる、という単純で正当な練習法でした。

6.弾かな語り (機長 Vo − チーフパーサー Vo)

このイベントへの出演決定後、桜井くんからの最初のメールに書かれてあったイメージキーワードが『弾かな語り』でした。これをモチーフにいったい何ができるか、どうなるとステキかなど、アイディアを出し合います。10月のはじめ、“あるシンガーが女性の部屋に招かれ、なにか歌ってとねだられる”という『弾かな語り』の歌詞のベーシックイメージスケッチが桜井くんから送られてきました。また、女性の部屋にある“なにか”を使って演奏できないか、というアイディアも添えられていました。携帯電話の着信音にリフを打ち込み、それを伴奏に歌うのはどうか、電子レンジの“チン”をうまいこと活用できないか、などいろいろ考えましたが、コレだ!という案がないまま、私はこのメールをプリントアウトしてロシアへ旅発ち、イルクーツクのホテルでイメージを膨らませます。帰国後、11月のリハーサル直前から具体的案を提示しあい、数回のリハーサルの間にとったりつけたり曲げたりひねったりしながら、最終的には“歌だけでやろう”という結論に達し、完成させたのがこの『弾かな語り』。この他にも、お客さんの手拍子だけをベースにラップ・デュオを展開して最後は大合唱というのはどうか、ウィーン少年合唱団風はどうか、などの別案も浮かんだり沈んだり、また機長は、洗濯機のホースをびゅんびゅん回して発せられる音をハモらせながら歌う、などという斬新でストイックなことも本気で考えていたとか。完成後はひたすら練習するのみ。音の長さ・切り方、リズムの取り方やそのニュアンスなどを、繰り返し歌うことで調整していきました。「パイロットとスチュワーデス」の唯一のオリジナル作品です。


弾かな語り

さてそもそもなぜに「パイロットとスチュワーデス」だったのか、というところに戻りますと、「plane」「ジェット機」という出演者のラインナップを見た瞬間「だったら、パイロットとスチュワーデス以外無いよねぇ」と森田恭子さんに言ったのはおおかたの予想通りにこの私です。しかしこのことを桜井くんに提案できぬままリハーサルが始まり、というよりは、まだ音も出さないうちにユニット名や衣裳についての話をすすめるのは音楽家としていかがなものか、という普段の私には全くなかった考え方もあって、リハーサルを2日ほど終えて、とりあえず音を出した後にあくまで“案”として、この「パイロットとスチュワーデス」というユニット名を桜井くんに投げかけてみたわけです。すると桜井くんは即賛同してくれました。そこで一応「ホントにぃ〜?」とか言ってみたりもましたが、「いやぁ、もうそれしかないでしょう、ホントに」と乗り気です。しかし“名乗った以上、着るんだぞ”という私の中での常識を理解してもらうには多少の時間をかけました。とはいっても間に合わなかったらイヤなんで衣裳の準備は水面下で進めておき、「とりあえず着てみてから考えようか」とすっとぼけながら、リハーサルスタジオに衣裳を用意し、試着しました。初めてパイロットのスーツを着た桜井くんは、うぅぅん、なんだかすごく頼りないんですけど、という印象でしたが、サイズなどの微調整をして2度目に衣裳を着てリハーサルをやったあたりから、「お、なんかわかってきた」という感じでだんだん機長意識が高まったようです。しかしその時はまだ「アンコールは普通の服で」と言う桜井くんを、本番日までにどう説得するかを考えていた最終リハ日、同じ建物の別スタジオで練習していた「ラプソディーズ」のリハーサルを覗きに行って、流れでアンコール曲『愛は勝つ』『Innocent World』を皆で一緒に演奏して戻ってきた時、「いやぁ〜、なんかすごい楽しくなってきた」という桜井くんが「アンコールもパイロットの衣裳のまま出ましょうか」と言うので「もちろんですとも!機長がそうおっしゃるのであれば」ということで、めでたく“最後までやり通す”という私の考えを言わずもがな理解することにより桜井くんは立派な“機長”となったのです。私?私はもう想定内ですよ。むしろ夢だったんですから、スチュワーデスになるのが。


カッコイイ機長
 

かわいいチーフパーサー

こうして準備が整ったユニット「パイロットとスチュワーデス」。とはいえこのユニット名・衣裳ともに演奏内容とはなんら関係ない、ただ、あるひとつの“設定”であるわけです。だからこそ最後まできっちりやり切らないことには「結局あれはなんだったの?」という消化不良の疑問符が残ってしまいます。しかしその“設定”をキッチリやり切れば「あれはそういうものだったんだよ」という意味不明の納得感、所在不明の落としどころを得られる、というのが私の哲学です。無論、演奏に対するプレッシャーは絶大です。音楽とはなんら関係ない設定の衣裳を着て演奏するわけですから、着ているものなどどうでもよくなるくらいにその演奏が素晴らしいものでなければならない、つまり音楽が衣裳に圧勝しなければ、ただの“コスプレ呼ばわり”という最悪の結果になってしまうのだ、という特別な緊張感で臨むのです。そういう意味でこれまでの私はいろんなものを着てきましたし、それなりに“勝ったり負けたり”いろいろあったわけですが、今回は私ひとりの問題ではないし、後に修正のきかないある意味イッパツ勝負的緊張感に包まれていたのは事実です。それもあって東京・大阪両公演とも楽屋にエレピを持ち込んで、本番寸前まで二人で通しリハを繰り返しました。その甲斐あって、本番は非常に楽しかった。充分音楽が勝ったと言えるでしょう。

そして最後に、リハーサル後半から「ぼくたちも空港の作業員になりますよ」と言って、自発的に衣裳・用具・効果音を調達し、ステージでは空港アナウンスSEを流しながら器材をセッティングするというスタッフのみなさんの一丸となったプロフェッショナルワークが、このユニット「パイロットとスチュワーデス」を観る人の脳裏により深く刻みこませたことは明らかです。



・・・とこんな感じですが、いかがでしょうか。音も聴けずに動く映像もなしで文章だけというのはとても空虚であることもいなめなめなめなめませんが、このような形で記録しておくことは、いつか忘れた頃にとても重要な役割を果たす可能性を秘めているかもしれないことを私は知っています。

というわけで今年最後の金曜コラム、長くなりましたがこれでおしまいです。
今年一年、ありがとうございました。来年もよろしくお願い島根県。

よい落としを。

※写真提供【LuckyRaccoon】 http://www.luckyraccoon.com

2006/12/29


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