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Friday Column

No.023

『思い出よ、もう一度』

私は料理が大好きなので、当然スーパーマケットでの買い物も好きで、住んでいるエリアにある4軒のスーパーを品揃えや時間帯によって微妙に使い分けています。数週間前、帰宅途中の夜7時頃、そのうちのひとつのスーパーに、その晩飲むワインと次の日の朝のホットサンドに挟むハムだけをさっと買おうと立ち寄ると、お肉売場の前に「シュウマイ」の店内試食販売が出てました。丸い大きなせいろが何段か積まれ、なんともうまそうな湯気といいにおいを漂わせてましたが、その日の晩ごはんはニセコ町・多田農園のじゃがいもでつくるポテトグラタンと決まっていたので、シュウマイとはどうも取り合わせがステキじゃない。私はその後食べるものが決まっている以上、その食べ物を頭の中でイメージして意識の焦点を絞り込み、“あぁ、それが食べたい、あぁ食べたい”と盛り上げて遂にそれを食べるというのが、おいしいものをさらにおいしく食べる重要な方法のひとつであると思っているタイプなので、家でポテトグラタンの準備が進んでいる以上、シュウマイのいいにおいに立ち止まり、試食販売のお兄さんに腕を引かれるのは非常にまずい。それにもともとポテトグラタンに合いそうなワインを買う目的でここにやってきたのだ。しかしこのスーパーの買物導線上、翌朝のホットサンドに挟むハムを買うには、お肉売場とシュウマイの試食販売の間を通過するのが消費者として自然な行為だ。うぅむ、ちょっと遠回りになるが一旦ワインの方に廻り込んで、そっちからハムに行くか、いや、それは消費者の動きとしてはやや不自然だ。試食販売のお兄さんにシュウマイを避けているのだと悟られて強く呼び止められるのも逆にまずい。そうだ、いいにおいをかがぬように息を止めてささっと通過すればいいのか、そうだそうしよう。ということでシュウマイ試食販売の前をナチュラルスルーしようとしましたが、やはり当然目があってしまいました。息を止めたまま英国紳士風の軽い会釈ですりぬけようとしたとき、試食販売のお兄さんは穏やかな笑顔で、“思い出に”とひとことだけ言って、つまようじに刺した半口分のシュウマイを差し出したのです。まったく予想していなかったフレーズに対処できず私は、「あ・・、いや、どうも・・、ははは」と、とてつもなく中途半端なリアクションでその場をスルーしてしまいました。

たったひとこと“思い出に”ですよ。いやぁぁ〜、素晴らしいフレーズです。今をときめく有名芸能人がキャップを深くかぶって買い物することもめずらしくない、このエリアでは高い高いと評判のハイソなスーパーであるだけに、試食販売とはいえ「はい、おいしいよ〜、安いよ〜、奥さん、どうっすか、今夜のおかずに」みたいなのはそぐわないとしても、“思い出に”は素晴らしすぎます。

なんでもかんでもマニュアル化されて“いらっしゃいませ”も“ありがとうございました”も無感情で言うことになんの違和感も感じなくなっている最今のコンビニエンスストアなどでの買物が日常化している東京。マニュアルどころか、私の事務所の近くのコンビニの店員さんなんかもう、マニュアル化された挨拶がすでに聞き取れない状態にまで簡略化され、「いらっしゃいませ、こんにちは」は「リョッションスワァ〜ッ」に、「ありがとうございました、またおこしくださいませ」は「オットゥルスタッツォクラツセェ〜ッ」ですからね。状況から何を意味しているかは判断できますが、その耳あたりはもうちょっとした外国語です。そりゃ、1日に何百回も同じフレーズを繰り返すわけですから、そうなっちゃうのもわかんないでもないですが、しかし皆一様に、口をすぼめた高いトーンだったりするのはなんなんでしょうね。

話戻します。
決して邪魔せず、強要せず。買わなくてもいいんです、ただ、ちょっとおいしいシュウマイがあったよね、と記憶のどこかにそっとおいていただければ、それでいいんです。そんな思いが込められた穏やかな笑顔から発せられた無駄のないひとこと“思い出に”。帰宅車中、私はその洗練されたオリジナリティに満ちたフレーズにじわじわと感動していました。

あの日以来、そのスーパーにはいつもより多めに寄るようにしていますが、あの試食販売のお兄さんにはまだ再会していません。次回はきっと、“思い出”だけでも。

2005/10/21


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