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Friday Column

No.191

『それでこそ丑年』

さぁ、みなさんもうそろそろお正月感も抜けて、いつもの生活パターンにもどった頃ではないかと思いますが、いかがお過ごしで商科大学。私は2日にゴルフをやった以外は、NHK-BSの番組で東京フィルハーモニー交響楽団と演奏する『愛は勝つ』のオーケストラアレンジを毎日必死こいてやってます。これは普段のコンサートでは考えられない企画ですから、初挑戦ですから、観れそうな方は是非観てください。『最新情報』に番組および公開録画の情報載せてます。

さて、今年は丑年ってことですけど、どうなんでしょう。すっかりアメリカナイズされた日常を送る私たち現代都会生活者にとって“干支”ってものが、いったいどのように生活に関わってくるんでしょうか。私は寅年で、これまでに少なくとも3度“年男”だった年があったわけですが、98年、36歳の時にアルバムタイトルを【TIGERSONGWRITER】にした以外は、これと言ってなにがどうなったという特別な思い出がありません。丑年生まれの方、せっかくなのにそんな感じで今年1年をやりすごすのはなんかわかんないけどもったいないと思いませんか。文化の悲しき風化ですよ。というわけでムリヤリ感がいなめなめなめなめませんが、今週は年男でもないのに“牛”について思いを巡らせてみようと思います。

あぁぁ、私には牛の知り合いがいません。正確に言うと名前に“牛”のつく知り合いがいません。今年は丑年だっていうのに悲しいことです。思えば、高校までの福岡時代は名字に“牛”のつく人が結構いたような気がします。「牛田」とか「牛島」とか「牛尾」とか「牛方」とか。いずれも西日本に多い名字なんでしょうか。しかし、姓に“牛”のつく知り合いはいましたが、下の名前に“牛”がつく人には出会ったことがありません。いませんかね、「牛男」とか「牛浩」とか「牛太郎」とか「牛子」とか「牛美」とか「牛恵」とか。

こうやって“牛”という字を何度も書いてて気づいたんですが、“牛”という字は“生”という字のマイナスワンなんですね。では、“生”のつく語の“生”を“牛”にスリ替えて遊んでみましょう。せっかくの丑年ですからね。

まずぱっと思いつくのは「小学牛」「中学牛」「高校牛」「予備校牛」「大学牛」。うん、まぁ普通ですが、うまい使い方を見つけるとおもしろいかもしれません。「女子高牛」ってのがやっぱいいですよね。解釈・イメージの仕方によって、抱きつきたくも逃げたくもなるフレキシブルなワードです。他には「牛放送」「牛ビール」「誕牛日」「牛体実験」、と考えればけっこういろいろ出てきます。ってことは「生活」は「牛活」になるわけで、「人生」は「人牛」ってことですよ。お、このあたりイイですね。「人牛ゲーム」「人牛劇場」なんてあったら意外とおもしろそうですし、酪農家の方々にとっては「人牛楽ありゃ苦もあるさ」ってことなんでしょうね。音楽的に考えると、私の92年の作品『めずらしい人生』も『めずらしい人牛』になるわけですから、それこそ本当に珍しい感じです。そういう意味での逆を探せば、94年の作品『牛乳のんでギュー』は『生乳のんでセー』というわけですから、それはそれで健康的でアリだと思います。

はい次は、食べる“牛”を思ってみます。西日本では“肉うどん”と言えば牛丼の具のような、牛肉を甘く煮たやつが入ってるのが常識です。肉と言えば“牛肉”といういわずもがなの通常観念があるのだと思いますが、東京に来て“肉うどん”をたのんだら味のついてない豚肉だった時には、ちょっとガッカリしたものです。東京には西日本的“肉うどん”は基本的に存在しませんので、西日本でうどんを食べる時はかならず“肉うどん”を注文してしまいます。

昔は牛肉ってのは高価て贅沢な食べものでした。アメリカに圧力かけられての88年の牛肉・オレンジ自由化以降、安価な輸入牛肉が大量に流通し、牛肉の持つ高価なイメージは徐々になくなり、逆に“和牛”という高品質のブランド感が生まれました。どうあれ私たち日本人にとっての牛肉とは、“やわらかい”が良しとされる大前提は揺るいでないようです。という基本があった上で、柔らかくない牛肉を少しでも食べやすくする意味での“薄切り”がスーパーに並んでいるのでしょう。思えば“薄切り肉”って、私の知る他国では見たことがありません。パリ在住時には、お肉屋さんで“薄切り”を必死で説明して機械でスライスしてもらったはいいけど「そうじゃないんだよなぁ」ってことがあり、後半はメトロ乗り継いで韓国食材店に行って、冷凍の薄切り牛肉買ってたものでした。

フランスでは牛肉に限らず“肉”のあり方がどうやら日本とは根本的に違うような気がします。スーパーで買ってもお肉屋さんで買っても“やわらかい”と思える牛肉には出会ったことはなく、どころか日本だったら商品として並ばないだろうと思えるものさえありました。競争の激しい日本だからこそ上質の柔らかい肉が常識的になっているだけなのか、とも思いましたが、いややはり、フランスパンがいい例ですが、“噛む”ってことが食欲を満たす上で重要な気がします。私たちがうどんやラーメンの麺に“こし”を要求するように、牛肉をよく噛んで食べる、その“噛みごたえ”ってのもフランス人にとっての肉の旨さのひとつなのかもしれません。肉食文化の国民と、元来草魚食の日本人とでは、そのあたりが根本的に違うような気がします。よくグルメ番組などで、レポーターの女の子が牛肉を食べて「やわらか〜い! 口の中で溶けちゃう〜♡」なぁんて言ってるのを見たフランス人は決して「うまそう・・」とは思わないのかもしれません。

あとはですね、闘牛。私も闘牛士の衣装でステージに立ったことがありますが、本物の闘牛は一度だけ観ました。03年の7月、スペインのパンプローナって町で、円形の闘牛場なんですけど、あれスポーツじゃないんです、殺しの儀式なんですね。如何に勇敢に美しく牛を殺すか、という儀式をみんなで観て大歓声を上げるのです。いやぁぁぁ、あれこそ私たち日本人には理解不可能ですね。闘牛を観たということ自体は良い経験でしたけど、もう一度観ろと言われたら、・・うんんん、どうなんでしょう。でも、もう一回観ると、見方が変わってくるというか、わかってくるのかもしれませんが。ちなみにスペイン語で“闘牛”は【corrida/コリーダ】と言います。あ、『愛のコリーダ』って、そういうことなのか。


殺しの儀式

と、そんな感じで今週は“牛”を思ってみました。皆さんも意識して牛を思ってみてください。それでこそ丑年というものです。そういえば、最近「うっしっしっし」って言葉聞かなくなりましたね。せっかくだから今年は言いましょうよ「うっしっしっし」って。私も積極的に言うようにします。それでこそ丑年というものです。うっしっしっし。

2009/01/09



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