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Friday Column

No.140

『ブータン 旅行 写真 ガイド その1』

ブータン旅行から無事帰国しました。今週来週の2週にわたってブータン旅行記を書きたいと思います。ちょっと長いっすよ、写真もたくさん見ていただきます。ややたどたどしタイトルは、これからブータン旅行を考えている人がネット検索中に間違ってひっかかってくると楽しいなぁという狙いから、いかにもひっかかりそうなキーワードを並べてみました。

まず、ブータン旅行の基本システムを書いておきますと、外国人がブータンを旅行する場合はブータン王国が定めた公定料金=1日あたり220米ドルの“滞在費”を事前に払い込みます。この滞在費には、ホテル・ガイド・車・運転手・1日3食がすべて含まれているというシステムで、外国人が観光で入国する場合は、搭乗便・旅程・滞在都市・宿泊希望ホテルを事前に出してブータン国内の旅行会社に手配を依頼し、航空券代と滞在費×日数を事前に払い込んでビザ発給許可証をもらって、それを持って入国時に滞在ビザを取得、という流れです。

私の場合、往路はインド・デリーで1泊して、翌日ブータン唯一の空港がある街・パロに入って1泊。その後、首都・ティンプーに移動して2泊、再びパロに戻って1泊。復路はタイ・バンコク経由で、友人がいるのでせっかくだから2泊、で帰国、という旅程を組みました。今週はブータン滞在前半の2日間について書こうと思います。

■1月3日(木)
往路経由地インドのデリーからDruk Air (Royal Bhutan Airline)のKB205便に搭乗。機材はAirbus A-319、中央通路を挟んで左右に3席ずつのたぶん120人乗りくらいの小型機。機内は日本の旅客機となんらかわりなくキレイで、スチュワーデスさんは期待どおりの民族衣装“キラ”を着ています。カトマンズ経由でパロ空港に着いたのは13時半ごろでした。私もこかれこれいいろんな国のいろんな空港でいろんな着陸を経験しましたが、山間の狭い谷に向かってググッと機首を下げて降下し、S字にうねった谷にそって低空でS字にカーブしながらの着陸は、これまでで最もエキサイティングで恐るべきものでした。

滑走路1本のシンプルな空港は、ターミナルビルはもちろん管制塔もブータン伝統様式の建物です。ガイドブックの写真で見ていたものの、空港職員みなが着ているブータンの民族衣装“ゴ”は、パッと見“タンゼン”みたいなもんですから、着いた途端に“なんか変わったとこ来ちゃったぞ感”に包まれます。


奥の谷を右旋回し、その後左旋回しながら着陸
 

パロ空港に到着

出迎えてくれたガイドさんは“ウゲン”くん。首都・ティンプー出身のブータン人ですが、普段は隣国インドの大学で寮生活をしている21歳。去年ガイドの資格を取り、冬休みで帰国中にアルバイトで私の担当になったというわけです。通常外国人グループには運転手とガイドがつくそうですが、私の場合はひとりだったので、ウゲンくんがガイド兼運転手です。ブータンは英語教育がかなりしっかりしているらしく、学校に行っている人はみな英語が話せ、街でもほぼ問題なく英語が通じるとのこと。ウゲンくんとの会話もすべて英語です。っつったってこっちはカタコトに毛が生えた程度ですが。

まずは昼食。だまっていると食事は宿泊ホテルのレストランで、ということに自動的になるそうですが、私の場合は、昼と夜は街のレストランでの食事を事前に希望して、パロ唯一の商店街にある外国人向けレストラン『TRAVELLERS』に入りました。メニューを見て選ぶことなく出された料理は、干した豚の脂と皮を揚げたもの、干牛肉の野菜煮、きのこのチーズ煮、モモ(チベット餃子)、赤唐辛子のチーズ煮。これらをお皿にとって赤米と一緒に食べます。通常ブータン人はみな右手で直接食べるそうですが、外国人向けレストランなのでスプーンとフォークで食べました。


初のブータン料理はこんな見た目
 

お皿にとって赤米と一緒に食べる

一旦ホテルにチェックインして荷物を置き、サラッと市内観光です。伝統様式の橋『ニミザム』を渡り、パロ最大のゾン『リンプン・ゾン』を見学します。入口でガイドさんが私の入国許可証の番号と名前を記入し中に入ります。ゾンとはチベット仏教の寺であり、修行僧が暮らす僧院であり、地方行政区を司る県庁的役割も果たすという重要な存在。正方形の建物の内側に石畳の中庭があり中央に『ウツェ』という高楼があります。


伝統様式の橋の向こうにリンプン・ゾン
 

リンプン・ゾン内部

パロ唯一の商店街を散歩。道の両側にどれも同じデザインのブータン伝統様式の建物が並びます。『General Shop』と書かれた生活雑貨店や食料品店が多く、ときどき家電店・衣料品店があり、外国人向けのレストランは裏通りも含めて5軒ほど。ヒマそうな犬がいっぱいました。


 


どの建物も同じデザイン
 

駄菓子感覚の乾燥チーズ

夜は再び商店街の裏にある『Chharo Restaurant/チャロ・レストラン』で夕食。豚の脂と野菜を炒めたもの、野菜のモモなんかをつまみながらブータン国産ビール『Druk Lager』を飲みました。ここではメニューを見て注文しましたが、基本的にお昼と似た感じのニュアンスでした。この日のホテルはガイドブックやインターネットで調べて調べて悩んで悩んで決定した『SamdenCholing/サムデンチョリン』。商店街の商店同様ブータン伝統様式のこじんまりしたい〜い感じのホテルなんですが、部屋が激寒で。ブータンは緯度的には日本より南にありますが、標高が高いですから、例えばここパロは標高2,300メートル。1月の平均気温は気温的には東京よりちょいなん寒くらいですが、単純に言うとエアコンがないですから、ホテルの部屋も基本は外と同じくらい寒いわけですね。電気ヒーターがひとつあるにはあったんですが、ほとんど意味ない状態で、フロントのお嬢さんに頼んで、レストランからもうひとつファン付きの電気ヒーター持って来てもらいました。が、激寒がやや緩和されたもののまだまだ大寒で、モモヒキはいてジャージ着て、その上にパジャマ着て、背中と腰にホカロン貼って、首にタオル巻いて寝ました。この“寒いんだけどしょうがないよね”的な感じが、ホテル名の『サムデンチョリン』という響きと妙にマッチしてたもんですから、変に納得してたりもしました。


チャロレストランでの食事
 

ホテルめちゃくちゃサムデンチョリン

■1月4日(金)
朝はホテルのレストランで目玉焼きとトーストの洋風朝食をとって、今日は岩壁に張り付くように建つ『タクツァン僧院』に行きます。軽い気持ちの観光気分だったんですが、よくよく聞いてみるとさっきも書きましたがパロの標高は2,300メートルで目的のタクツァン僧院は3,100メートルのところにあるってんですから、こりゃたいへんです。パロの街から車で20分、標高2,600メートルあたりの登山口まで行き、そこから休まず歩いたとしても片道2時間強の登山です。うねうね迂回する山道を、ときおり散乱する様々な色や形の馬糞を踏まないように注意しながら黙々と登ります。なんせそんな標高ですから、酸素薄くてね、とにかく息が切れます。それでも休まずただただ登って1時間で中間地点、標高2,800メートルのレストハウスに着いて、ここで紅茶とビスケットがサービスされて小休止。再びまだまだ遠くにあるタクツァン僧院を目指し登ります。相変わらずうねうね迂回する山道を30分登ると、スカッと景色が広がるところに出ました。ここからは岩壁の石段を一旦ぐぐ〜っと滝壺まで下って、再び石段を上がってついにタクツァン僧院に到達しました。


ガイドのウゲンくんと
 

中央右の白い僧院までここから更に1時間

私の文章表現力の問題からさっさと登り着いたみたいな感じになってんますけど、いやいやホントに“だいたいオレここに何しに来たんだっけ”って思うくらいキツかったです。登り始めてレストハウスでの休憩を含めて2時間半。ケーブルカーもロープウェイもありませんよ、僧院ですから。これは観光ではなくどっちかっつうと思いっきり修行です。ですからここまで2時間以上かけて登ってきたからといって記念スタンプもなきゃおみやげ屋さんもありません。しかし、ここからの下界の眺めは壮観です。“登ってきた”という事実だけに満足しながらぼ〜っと20分くらい景色を眺めてました。で、ふと思ったのは、「この景色は日本にもある。こんなめずらしいところに建つお寺だって日本のどこかになんらかのそれがあるはずだ」ということ。私はもしかしたら「遠い外国にいる」ということ自体に満足しているのかもしれません。まぁでもそれはそれでいいんです、バカンスだし、旅行なんですから。きっと歳をとって外国行くのはもうキツイばい、となった時にゆっくり国内をうろうろ回ってみればいいのだ、ということでさらに15分くらい、ぼ〜っと景色を眺めてました。


最後の石段を上る
 

僧院から眺める美しい風景

院内のなんだかすごい仏像をチラ見して僧院をあとにします。下りは楽でしょう、とは思ったもののやはり腿の筋肉が張って膝が笑ってそれなりに難儀です。レストハウスまで降りてきたらもう12時半。ここで昼食をとって更に下山。この行程すべてを私は革靴で歩き切りました。もちろん、ある程度の登山的行為は予想してスニーカーを持っていくか、とも考えてはいたんですが、いや、“履きなれぬスニーカーよりは足に馴染んだ革靴”だろう、という読みは間違いなかったようです。ちなみにこの【Cole Haan】のSanta Barbaraという靴、【Cole Haan】のローファーに【NIKE】のエアソウルという、画期的なコラボ靴なのです。もう製造は終わったそうですが。


あんなとこまでよく登ったよ
 

この革靴で

というわけで、気分的にこの日はもう終わったようなもんです。車でパロの街をあとにして、山間の谷にそった道路を首都・ティンプーに向かいます。日本の旅行会社の人は「パロ—ティンプー間の高速道路が開通した」めいたことを言っていましたが、実際には両車線ともちゃんと舗装されているのはパロ−ティンプー間の1/3くらいで、もう1/3は片側のみ舗装された形跡はあるもののすでにガタガタのボロボロになっていて、残りの1/3はまだ舗装準備段階のラフロードという感じでガッタンゴットンガッタンゴットン、ティンプーまでほとんど揺られっぱなしの約2時間。道中多くの人たちが舗装工事をしていました。ウゲンくんによると今年の5月に第5代国王の即位式典があり、関係諸国の要人が集まるので、それまでに空港のあるパロから首都・ティンプーまでを完全に舗装するそうです。


また来るぜパロ
 

ティンプーまで2時間

16時、首都・ティンプーに到着し、ホテル『The Druk』にチェックイン。この日はここから単独行動を希望し、街をプラプラ歩いてみました。しかしね、朝から革靴登山でしたから正直もうクタクタで、ちょろっと歩いてミネラルウォーター買ってホテルに戻り、やはりここもエアコンなど無く部屋が寒かったのでフロントに頼んで電気ヒーターをひとつ追加してもらって、ベッドにもぐってブータン唯一の放送局『BBS』をぼ〜っと見てました。


時計台広場の奥がホテル
 

ミネラルウォーターを買った

夜はガイドブックに載っていたホテルの近くのレストラン『Plum’s Cafe』に単独で乗り込みます。8卓ほどのテーブルはすべて外国人旅行者と民族衣裳を着たガイドさんという組み合わせで食事をしています。外国人単独客は私ひとり。この浮きまくった感じがたまりません。中華麺を炒めたやつと生野菜を食べながら今夜もブータンビール『Druk Lager』。依然寒いホテルに戻って再びブータンの放送局『BBS』を見ながら寝ました。


炒め中華麺と生野菜
 

アナウンサーももちろん民族衣裳

ブータン旅行記前半はここまで、来週は後半の2日間について。民家での食事やブータン式石風呂も登場します。

2008/01/18



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